遺留分
目次
遺留分
1 遺留分とは
遺留分とは、遺産のうち、相続人のために留め置かなければならない分のことです。
たとえば、兄弟3人がいて、被相続人が、そのうち1人だけに、
全財産を相続させる旨の遺言があった場合などに問題になります。
遺留分は、遺産の1/2です(親などの直系尊属のみが相続人のときは1/3)。
その1/2に法定相続分を掛けて、個別的遺留分を求めます。
たとえば、兄弟3人の場合、1人あたりの遺留分は、
遺産の1/2 × 法定相続分の1/3 = 1/6
となります。
遺留分の制度趣旨は、相続人の最低限の生活保障などです。
遺留分権利者は、兄弟姉妹以外の相続人です(民法1042条)。
2 短期消滅時効~まず遺留分侵害額請求の意思表示をする
遺留分侵害額請求は、
被相続人の死亡および遺言書の存在を知ったときから1年以内にしなければ、
時効によって消滅してしまいます。(民法1048条前段)。
よって、被相続人の死亡および遺言書の存在を知ったら、
すぐに、遺留分侵害額請求の意思表示をする必要があります。
このとき、必ず配達証明付きの内容証明郵便で意思表示をします。
あとで証明できるようにするためです。
また、必ず金額を明示します。
意思表示したときから遅延損害金を発生させるためです。
この金額は暫定額で大丈夫です。
3 遺留分の計算
遺留分の計算にあたって、いくつかのポイントを確認します。
⑴ 遺留分の計算式
遺留分侵害額は、以下の計算式で計算します。
遺留分侵害額
= 遺留分額(遺留分算定の基礎となる財産額 × 個別的遺留分率)
−遺留分権利者が受けた特別受益(遺贈・生計の資本贈与)の価額
−未処理遺産から遺留分権利者が取得すべき遺産の総額
+遺留分権利者が承継する債務額
ひとつひとつみていきます。
ア 遺留分算定の基礎となる財産額
「基礎財産」と言ったりします。
遺留分算定の基礎となる財産額
= 被相続人が相続時に有していた積極財産の総額
+特別受益(10年以内)・贈与財産(1年以内)の価格
−消極財産(相続債務)
具体例です。
被相続人の積極財産 1億円
長男Aへの生前贈与 2000万円(9年前)
二男Bへの生前贈与 2000万円(11年前)
遺留分算定の基礎となる財産額
= 1億円
+2000万円(長男への生前贈与のみプラスする)
= 1億2000万円
となります。
遺留分算定の基礎となる財産額を計算するときは、
特別受益は10年以内のものしかプラスしません。
これに対し、遺留分侵害額(遺留分権利者が最終的にもらえる額)(上記⑴)を計算するときは、
特別受益は10年以内のものに限らず、マイナスします。
この点は間違えやすいので注意です。
なお、贈与当事者が双方害意の場合は、期間制限はありません(民法1044条1項後段)。
イ 個別的遺留分率
個別的遺留分率とは、最終的に個々人が遺留分としてもらえる割合のことです。
以下の計算式で計算します。
個別的遺留分
= 1/2(総体的遺留分) × 法定相続分(兄弟3人なら1/3)
ウ 遺留分権利者が受けた特別受益(遺贈・生計の資本贈与)の価額
遺留分権利者が、被相続人から何かもらっているときは、
それをマイナスする必要があります。
遺留分は、最低限度の保障なので、
何かもらっているときは、その分は我慢しなさい、という趣旨です。
このマイナスは10年以内に限らないので注意です。
エ 未処理遺産から遺留分権利者が取得すべき遺産の総額
未処理遺産がある場合、
そこから遺産をもらえますので、
その分をマイナスします。
具体例です。
被相続人の積極財産 1億円
内縁の妻への遺贈 8000万円
長男A、二男Bには遺贈なし
未処理遺産
= 1億円
−8000万円
= 2000万円
未処理遺産2000万円を、長男Aと二男Bで法定相続分どおり1/2ずつ1000万円ずつもらう。
そうすると、
AとBの遺留分侵害額
= 1億円 × 1/2 × 1/2
−未処理遺産からの取得額1000万円
= 2500万円
−未処理遺産からの取得額1000万円
= 1500万円
となります。
オ 遺留分権利者が承継する債務額
最後に、遺言による債務の承継の指定があるような場合、
債務を承継することにより、もらえる額がマイナスになりますので、
その分をプラスします。
⑵ 遺留分算定の基礎となる財産の範囲
特に問題になる2点をみていきます。
ア 生命保険金
原則として、生命保険金は、基礎財産に含まれません。
なぜなら、生命保険金は、保険契約によって発生するもので、被相続人の遺産ではないからです。
もっとも、例外として、遺産の額と比べて、生命保険金の額があまりに大きい場合、
生命保険金も、特別受益として、基礎財産に含まれます。
(最決平成16年10月29日参照)
なぜなら、そのような場合、
生命保険金を受け取る相続人とその他の共同相続人とで、
あまりに不公平になるからです。
具体的には、遺産の額と生命保険金の額の比率が、
60%を超える場合、
特別受益として、基礎財産に含まれると認定される傾向です。
たとえば、遺産の額が1000万円、生命保険金の額が600万円、
といった場合です。
イ 生前贈与
相続人への生前贈与と相続人以外への生前贈与で扱いが違ってきます。
民法のルールを整理します。
(相続人への生前贈与)
・ 特別受益に該当する生前贈与しか組み込まない(民法1044条3項)
例:「生計の資本」でない、たとえば学費の生前贈与は組み込まない
・ 10年以内の生前贈与しか組み込まない(民法1044条3項)
・ ただし双方害意の場合は期間無制限(民法1044条1項)
・ 双方害意 = 生前贈与の当事者双方が遺留分権利者に損害を加えることを知っていること
= 生前贈与額が財産の1/2を超えていること + 将来も財産が増えないこと を知っていること
「将来も財産が増えない」とは、被相続人が仕事をしておらず収入がない、場合が典型です。
(相続人以外への生前贈与)
・ 特別受益云々の制限はない
・ 1年以内の生前贈与しか組み込まない(民法1044条1項)
・ ただし双方害意の場合は期間無制限(民法1044条1項)
・ 双方害意 = 生前贈与の当事者双方が遺留分権利者に損害を加えることを知っていること
= 生前贈与額が財産の1/2を超えていること + 将来も財産が増えないこと を知っていること
⑶ 遺留分算定の基礎となる財産の評価
ア 評価の基準時
不動産、株式などで評価の基準時が問題になります。
評価の基準時は、相続時の時価です。
遺留分侵害額請求時や現時点ではありません。
イ 不動産の評価
実務では、おおむね、まず、業者の査定書を使用します。
これは交渉段階でも訴訟段階でも同じです。
業者の査定書を使用しても合意できない場合、
訴訟のなかで不動産鑑定を行います。
固定資産評価額や路線価で合意できる場合は、これらの額によります。
もっとも、固定資産評価額や路線価は時価より低いので、
これらで合意できるケースは多くないように思います。
(固定資産評価額 ÷ 0.7 や 路線価 ÷ 0.8
を使用する場合もあります(建物は固定資産評価額))
⑷ 遺留分と寄与分
遺留分侵害額を計算するとき、
いわゆる寄与分は考慮しません。
寄与分は、家庭裁判所の審判でのみ認められる権利であり、
寄与分を考慮すると、遺留分侵害額の計算が不安定になるからです。
(遺留分侵害額の計算を定めた民法1046条2項2号は、
民法904条の2(寄与分の規定)を除いています。)
⑸ 遺留分と持戻し免除の意思表示
遺留分侵害額を計算するとき、
いわゆる特別受益の持戻し免除の意思表示は考慮しません。
持戻し免除の意思表示を考慮すると、
相続人の最低限の生活保障という遺留分の趣旨を没却するからです。
4 調停か訴訟か
遺留分侵害額請求は、「家庭に関する事件」(家事事件手続法244条)なので、
調停前置主義(訴訟の前に調停をせよという考え方)の適用があります(家事事件手続法257条1項)。
しかし、実務では、離婚などの場合と異なって、柔軟に運用されています。
調停を申立てて、不調に終わった場合、その時間と労力が無駄になります。
よって、最初から、訴訟を提起すべきです。
管轄の点からも、訴訟を提起した方が有利です。
遺留分侵害額請求訴訟は、金銭債権なので、
義務履行地である原告所在地を管轄とすることもできます。(民事訴訟法5条1号)。
また、相続開始時における被相続人の所在地を管轄とすることもできます(民事訴訟法5条14号)。
これに対し、調停は、常に相手方住所地が管轄となります(家事事件手続法245条1項)。
5 相手方が複数いる場合
たとえば、被相続人Xが、
長男Aに6,000万円を生前贈与し、
二男Bに6,000万円を遺贈し(遺言で相続させ)、
三男Cには何も残さなかった場合です。
三男Cには、2,000万円の遺留分があります(1億2,000万円 × 1/2 × 1/3)。
民法のルールはこうです(民法1048条)。
1 まず、受遺者、次に、受贈者が相手方になります。
2 受贈者間では、より相続時に近い受贈者が相手方になります。
3 同順位の場合、価額の割合で分担します(受贈者同士でも、受遺者同士でも)。
設例では、三男Cは、二男Bに対し、2,000万円の遺留分侵害額請求をします(ルール1)。
なお、ルール3は、遺言で異なる定めをすることもできます。
これらのルールは、より相続時に近い方から対象にした方が、社会秩序が安定する、という考え方に基づきます。
6 遺留分侵害額請求と相続税申告
たとえば、Aが遺留分侵害額請求をして、1,000万円を取得した場合、
1,000万円は遺産を取得したことになりますので、
相続税がかかってくる可能性があります。
このとき、すでに遺留分義務者(請求された側)であるBが、
すでに相続税申告済みであった場合は、どうすべきでしょうか。
理屈からすると、Bは相続税の還付を受け、
Aは1,000万円を取得した分の相続税を納付する必要があります。
ただし、税務署に対して、更正請求・還付請求、修正申告するのは煩雑ですし、
税理士費用もかかります。
そこで、可能な場合には、
和解金の中に、還付金と納付金の調整を組み込み、
「互いに更正請求・還付請求、修正申告をしない」
とする方法が簡便です。