遺言無効
目次
遺言無効
1 自筆証書遺言はまず形式をチェック
自筆証書遺言がある場合、まず形式をチェックします。
具体的には、以下の4つのポイントです(民法968条)。
① 全文の自書
添え手は原則として無効です。
② 日付
「〇月吉日」は無効です。
③ 氏名の自書
戸籍上の氏名でなくても、通称やペンネームでも有効です。
④ 押印
認め印でも指印でも有効です。実印でなくても有効です。
2 自筆証書遺言として無効でも死因贈与として有効かをチェック
たとえば、押印がない場合、その自筆証書遺言は無効です。
しかし、法律上、無効行為の転換という考え方があります。
すなわち、無効な行為であっても、当事者の意を汲んで、別の法律行為として意味をもたせようという考え方です。
この考え方から、
① 死因贈与(死亡を条件とする贈与)の趣旨があると認められ、
② 贈与を受ける人の承諾がある場合には、
その遺言は、死因贈与として有効となります(東京地判昭和56年8月3日など)。
ここでのポイントは、② 贈与を受ける人の承諾があったかなかったかです。
死因贈与は、契約であるため、贈与を受ける側の承諾の意思表示が必要になります。
たとえば、贈与を受ける人が、遺言者が亡くなるまで遺言の存在すら知らなかった場合、承諾はなかったとなるでしょう。
反対に、贈与を受ける人が、遺言の作成に立会い、遺言者の気持ちを十分知っていたような場合には、承諾があったとなるでしょう。
3 あいまいな記載の自筆証書遺言の解釈
実務上、自筆証書遺言であいまいな記載がなされているケースは多いです。
たとえば、「不動産はAにゆずる」などです。
この場合、「不動産」がどの不動産を指すのか、土地だけでなく建物も含むのかがあいまいです。
また、「ゆずる」とはどのような意味かがあいまいです。
このような遺言は有効なのか無効なのかが争いになります。
⑴ 解釈の指針
過去の最高裁判例から、おおむね以下の3つの解釈の指針が導かれます。
① できるだけ有効になるように、合理的に解釈する
たとえば、最判平成5年1月19日は、
「遺言の解釈にあたっては、
遺言書に表明されている遺言者の意思を尊重して合理的にその趣旨を解釈すべきであるが、
可能な限りこれを有効となるように解釈することが右意思に沿う」
と言っています。
② そのためには、付随的な事情も考慮する
たとえば、最判昭和58年3月18日、最判平成17年7月22日は、
「遺言を解釈するにあたっては、遺言書の文言を形式的に判断するだけでなく、
遺言者の真意を探求すべきであり、・・・
遺言書の全記載との関連、遺言書作成当時の事情および遺言者の置かれていた状況
などを考慮して、遺言者の真意を探求し、当該条項の趣旨を確定すべきである」
と言っています。
③ しかし、文言から離れてはいけない
たとえば、最判平成13年3月13日は、
「遺言書の記載自体から遺言者の意思が合理的に解釈しえる本件においては、
遺言書に表れていない・・・事情をもって、
遺言の意思解釈の根拠とすることは許されない」
と言っています。
⑵ 具体例
① できるだけ有効になるように、合理的に解釈する、の具体例
「ゆずる」
→ 「遺贈する」と解釈して有効(最判昭和30年5月10日)
「まかせる」
→ 「遺贈する」と解釈して有効(大阪高判平成25年9月5日)
(ただし、東京高判昭和61年6月18日は「遺贈する」ではなく「遺産分割手続きを任せる」と解釈)
「離縁する」
→ 「廃除する」(相続人の資格を奪う)と解釈して有効(最判昭和30年5月10日)
「許せない」
→ 「廃除する」(相続人の資格を奪う)と解釈して有効(新潟家裁高田支部審判昭和43年6月29日)
「アパート経営物件は長男に相続させる(アパートローンの記載がない)」
→ 「(相続人間では)アパートローンも長男に相続させる」と解釈して有効(最判平成21年3月24日)
② そのためには、付随的な事情も考慮する、の具体例
「・・・全部を公共に寄付する」
→ 「遺産の全部を公共の団体に包括遺贈し、団体の選定も遺言執行者にゆだねた」と解釈して有効
(最判平成5年1月19日)
(理由)
遺言書の文言全体の趣旨、遺言書作成時の遺言者の置かれた状況・・・、
遺言執行者に遺言を託し、来宅を求めたという経緯
「青桐の木より南方地所」 → A土地を指すものと解釈して有効(東京地裁平成3年9月13日)
(理由)
A土地とB土地の間にフェンスがあること、
B土地は現に別の相続人が占有していること、
B土地は別の相続人に贈与する予定だったことなど、
遺言書作成当時の事情、遺言者の置かれていた状況から
③ しかし、文言から離れてはいけない、の具体例
「荒川区西尾久七丁目六〇番地四号の不動産」
→ 「不動産」とは土地と建物を指すと解釈して有効(最判平成13年3月13日)
(理由)
たしかに、その土地には、同族会社A社のために金融機関の担保が設定されているので、
「不動産」を土地と建物の両方を指すと解釈すると、
A社の経営は破たんするおそれがあった(逆に「建物」だけを指すと解釈するとA社の経営は成り立つ)。
しかし、文言上は「不動産」となっており、遺言者の意思としては、土地と建物の両方を指すとしか解釈できない。
4 遺言能力のチェック
⑴ 遺言能力とは
遺言能力とは、遺言の内容を理解し、遺言の結果がどうなるかを理解できる能力をいいます。
遺言があっても、遺言能力がなかった場合、遺言は無効になります。
これは自筆証書遺言であっても公正証書遺言であっても同じです。
遺言能力は、もっとも争われやすい要件です。
⑵ 遺言能力の判断
実務では、
① 医療記録を中心に、
② 下記のような諸要素を総合考慮して判断されます。
・ 遺言作成時の状況
・ 遺言内容の難易
・ 遺言内容の合理性、動機の有無等
ここでのポイントは、遺言能力は、医療記録だけで判断されるのではないということです。
上で示したような、遺言作成時の状況、遺言内容の難易、遺言内容の合理性、動機の有無等の諸要素
も考慮して、結論が不合理であれば、そこから逆算して、遺言能力なしと判断する場合があるということです。
以下、具体的にみていきます。
ア 医療記録について
医療記録を取り寄せて、遺言者が認知症だったかどうか、どの程度重症化していたかなどを確認します。
取り寄せる医療記録は、大きく分けて、医療関係記録と介護関係記録の2つです。
・ 医療関係記録
医師の診断書、意見書、カルテ、頭部画像所見などです。
とりわけ認知症の各種評価スケールがあれば、重要な証拠になります。
いわゆる長谷川式スケール(改訂長谷川式簡易知能評価スケール HDS-R)で、
30点満点中、20点以下であれば、認知症の疑いがあり、1桁であれば、認知症がかなり進行しているといえます。
取り寄せる病院が分からない場合は、福岡県であれば、福岡県後期高齢者医療広域連合へ、個人情報開示請求を行います。
・ 介護関係記録
要介護認定記録、訪問介護の介護指示書、介護施設の入所記録などです。
このうち要介護認定記録としては、結果通知書、認定調査票、主治医意見書があります。
認定調査票や主治医意見書のなかに、認知症に関する記載があるのでそれを確認します。
このうち「認知症高齢者の日常生活自立度」の調査結果が参考になります。
Ⅰ~Ⅳで評価され、Ⅲが「日常生活に支障をきたすような症状・行動や意思疎通の困難さが見られ」
Ⅳが「日常生活に支障をきたすような症状・行動や意思疎通の困難さが頻繁に見られ」
となっています。
要介護認定記録は、福岡市であれば、福岡市へ保有個人情報開示請求を行います。
イ 医療記録以外の諸要素について
・ 遺言作成時の状況
遺言者が、遺言の内容と、遺言の結果がどうなるかを理解できるような状況だったかを検討します
以下は、理解できるような状況ではなかったと認定されやすく、遺言能力がなかったと判断されやすいケースです。
・ 受遺者以外の他の相続人に相談することなく遺言書が作成された
・ 受遺者が下書きをして下書きのとおりに遺言書が作成された
・ 公証人が全文を一気に読み、遺言者が「そのとおりです」と答えた(公正証書のケース)
・ 寝ている遺言者を起こしながら遺言書を作成した(公正証書のケース)
・ 10分程度という短い時間で遺言書を作成した(公正証書のケース)
・ 代理人弁護士が本人である遺言者と面談していない(公正証書のケース)
・ 遺言書作成直前に住民登録を変更し、改印した(公正証書のケース)
遺言作成時の状況のうち、やや特殊なものとして、口授(くじゅ)がどのようになされたかという問題があります。
公正証書遺言を作成するときは、
遺言者が、遺言の趣旨を公証人に口で伝え(これを「口授(くじゅ)」といいます)、
公証人が口授を筆記し、
これを遺言者及び証人に読み聞かせまたは閲覧させる
ことが要件となっています(民法969条2号3号)。
実務上、口授の順序(口授→筆記)は緩やかに理解されており、公証人が文案を作成して、
その後に、遺言者に読み聞かせて確認してもらう、という方法が一般的です。
しかし、高齢により遺言能力に疑義があるような場合には、口授の要件をむやみに緩やかにするべきではありません。
そこで、口授がきちんとなされていなかったという状況から、遺言能力がなかったと判断される可能性があります。
もっとも、口授がきちんとなされていなかったという状況から、遺言能力なしとして遺言無効とするか、
口授がきちんとなされていなかったという方式違背自体から、遺言無効とするかは、
説明の仕方にすぎず、裁判例では、どちらか説明しやすい方の構成をとっているようにも思われます。
・ 遺言内容の難易
遺言内容が複雑で難しかったか、それとも簡単で易しかったかを検討します。
当然ですが、複雑で難しければ、遺言能力がなかったと判断されやすく、逆に、
簡単で易しければ、遺言能力があったと判断されやすくなります。
・ 遺言内容の合理性、動機の有無
遺言者の日頃の言動、遺言者との関係性などから、そのような遺言を書く合理性や動機があるかを検討します。
以下は、合理性や動機がないと判断されやすく、遺言能力がなかったと判断されやすいケースです。
・ 日頃、面倒をみてくれた長男に全財産をあげると言っていたのに、遠方にいる二男に全財産を相続させる旨の遺言
・ ほとんど面識がない法定相続人ではない他人へ全財産を相続させる旨の遺言だった。
・ 10年間介護してきた妹ではなく、姉に全財産を相続させる旨の遺言だった。
⑶ 具体例
医療記録からわかる重症度と、諸要素の組み合わせがユニークな裁判例を紹介します。
ただし、このようなユニークな裁判例があるとしても、遺言能力は、あくまで医療記録を中心に判断する、
というスタンスからは離れすぎないように注意です。
① 医療記録では重症だが、諸要素から遺言能力ありとしているケース
・ HDS-Rが10点、その後4点、脳の萎縮が顕著だが(重症)、
遺言内容が「全財産を同居している二男Yに相続させる」と単純で(遺言内容の難易)、
日頃から「長男Xは金を返さない」と言っていた(遺言内容の合理性、動機)ケース
→ 遺言能力ありと判断(東京地判平成24年12月27日)
② 医療記録では軽症だが、諸要素から遺言能力ありとしているケース
・ HDS-Rが20点だが(軽症)、
長年同居して面倒をみてきた甥Xとその妻には一切相続させず、
妹Yにすべて遺贈すると不合理な遺言をしたした(遺言内容の合理性、動機)ケース
なお、「Xらから虐待を受けている」との被害妄想もあった。
→ 遺言能力なしと判断(東京高判平成22年7月15日 判例タイムズ1336号241頁)
結局、現在の裁判実務では、高齢者の自己決定権の尊重と遺された相続人間の公平のバランスに留意して、
遺言能力の判断がなされていると考えられます。
5 遺言無効確認請求訴訟
最後に、遺言無効を争うためには、遺言無効確認請求訴訟を提起する必要があります。
ここで、遺言無効は、調停では争えないことを知っておく必要があります。
調停では争えないというのは、
調停で協議することはできるけれども、
合意できなければ、調停はいったん取り下げるなどして、
まずは、遺言無効確認請求訴訟を提起しないといけないという意味です。
ですので、もし本気で遺言無効を争うつもりなら、
最初から調停ではなくて、あるいは調停は早めに取り下げて、
遺言無効確認請求訴訟を提起する必要があります。