遺産分割
1 遺産分割のすすみ方
⑴ 協議→調停→審判という3段階のすすみ方
遺産の分け方でもめた場合、
通常は、まず、協議(話し合い)をします。
↓
つぎに、協議(話し合い)でまとまらなければ、
家庭裁判所で調停(裁判所にみてもらいながらの話し合い)をします。
↓
調停(裁判所にみてもらいながらの話し合い)でまとまらなければ、
自動的に審判(裁判所が強制的に遺産を分ける)にすすみます。
協議→調停→審判
弁護士に依頼するのは、協議か調停の段階です。
審判の段階では遅いです。
法律的な知識が分からない場合や、精神的な負担が大きい場合に、
弁護士に依頼することを検討します。
⑵ 調停のすすみ方
調停は、おおむね男女1名ずつの調停委員が、当事者双方から交互に話を聞くスタイルです。
調停委員は、地元の見識者(元会社員、元学校の先生、元公務員の方など)から選ばれています。
調停委員の背後には裁判官が1名おり、調停委員も判断に迷うような大事な場面で出てきます。
調停委員は、法律のプロではないので、弁護士からみると「大丈夫かな?」と思うことがあります。
ただし、背後にいる裁判官に、調停の内容を伝えたり、指示を仰ぎにいくのは調停委員なので、
まずは、目の前の調停委員を全力で説得することが必要と考えています。
調停の流れは、以下のような流れです。
このうち重要なのは、遺産の範囲、遺産の評価、遺産分割の方法です。
相続人の範囲の確認
↓
遺言書の確認
↓
遺産の範囲の確認
↓
遺産の評価
↓
遺産総額の確定
↓
遺産分割の方法の確定
↓
調停成立(または調停不成立)
調停は、1か月~2か月ごとに協議を行う期日を指定して進行し、
おおむね8回程度(1年)で終わるのが一般的です。
2 遺産の調査
ところで、協議段階においても、調停段階においても、
まずは、遺産の調査を行う必要があります。
弁護士に依頼する場合は、弁護士が遺産の調査を行います。
⑴ まず遺言の調査
公正証書遺言については、
公証役場の遺言検索システムで遺言があるかどうかを調査できます。
弁護士に依頼する場合は、弁護士が公正証書遺言の調査を行います。
自筆証書遺言については、
公正証書遺言のような調査の方法がありません。
家の中や貸金庫の中を探すことになります。
同居していた相続人が隠している場合もあります。
もっとも、遺言を隠した場合、相続人の欠格事由となります(民法891条5号)。
そこで、隠していることが疑われる場合、欠格事由になることを伝えて、提出を促します。
⑵ 不動産の調査
名寄帳を市役所から取り寄せて、
どのような不動産を所有しているか、
依頼者様から聞いていたのと漏れがないか、
固定資産税評価額はいくらか、を確認します。
また、登記情報提供サービスを利用して、
不動産の詳しい内容を確認します。
⑶ 預貯金の調査
まず、被相続人名義の預貯金があることがすでに判明している銀行から、
おおむね10年分の取引履歴を取り寄せます。
取引履歴の名称は「預金取引明細照会」(福岡銀行)、
「預金取引明細表」(西日本シティ銀行)、
「通常貯金預払状況調書」(ゆうちょ銀行)、
など各銀行でさまざまです。
戸籍、実印、印鑑登録証明書が必要になります。
次に、被相続人名義の預貯金がある銀行が分からない場合は、
被相続人の住所の近くにある銀行などに口座がないか照会をかけてみる、
などの方法で調査するしかありません。
⑷ 有価証券の調査
まず、被相続人名義の株式等があることが判明している証券会社から、
残高証明書と取引履歴(「顧客口座元帳」などの名称です。)を取り寄せます。
つぎに、被相続人名義の株式等がある証券会社が分からない場合は、
いわゆる「ほふり」(証券保管振替機構)に口座の開設先を開示請求します。
⑸ 生命保険の調査
原則として、生命保険は遺産にあたりません。
もっとも、遺産の額を100として、
生命保険金の額が50程度ある場合、
例外として、特別受益として遺産にあたる可能性があります。
まず、被相続人名義の生命保険があることが判明している保険会社へ照会をかけます。
つぎに、被相続人名義の生命保険がある保険会社が分からない場合は、
生命保険契約照会制度という制度をつかって照会をかけます。
3 遺産の範囲
この財産は遺産分割の対象になる「遺産」か、「遺産」ではないか、という問題です。
⑴ 遺産分割対象5要件
遺産分割の対象になる「遺産」といえるためには、
次の5つの要件をみたす必要があります。
(遺産分割対象5要件)
1 相続により取得した遺産である
2 相続時に存在する
3 分割時にも存在する
4 未分割である
5 積極財産(プラスの財産)である
⑵ 遺産分割の対象にならないもの8選
以下のものは、遺産分割の対象になりません。
ただし、合意があれば、遺産分割の対象にすることができます。
(ただし、合意があっても、審判の対象になるとは限りません。)
① 生命保険金
原則として、遺産分割の対象になりません。
保険契約により取得するものであり、相続により取得した遺産ではないからです(要件1)。
② 生前に出金された使途不明金
遺産分割の対象になりません。
相続時に存在しないからです(要件2)。
調停ではなく訴訟(家裁ではなく地裁)で争います。
③ 死後に出金された使途不明金
遺産分割の対象になりません。
分割時に存在しないからです(要件3)。
調停ではなく訴訟(家裁ではなく地裁)で争います。
④ 相続後に発生した賃料
遺産分割の対象になりません。
相続時に存在しないからです(要件2)。
相続後に発生した賃料は、法定相続分にしたがって当然に分配されます。
⑤ 死後に売却した土地の代金
遺産分割の対象になりません。
すでに一部分割したといえ(要件4)、
また遺産である土地が分割時に存在しないからです(要件3)。
代金は、法定相続分にしたがって当然に分配されます。
代金を遺産分割の対象としたいときは、その旨の合意をしなければなりません。
⑥ アパート経営のローン
遺産分割の対象になりません。
ローン(相続債務)は積極財産(プラスの財産)ではないからです(要件5)。
ローン(相続債務)は法定相続分にしたがって当然に分配されます。
1人に引き継がせる場合には、ローン債権者(銀行)との間で、引継ぎの合意をしなければなりません。
⑦ 葬儀費用
遺産分割の対象になりません。
相続開始後、原則として、喪主が負担する費用であり、
相続債務でもないからです。
⑧ 祭祀財産(お墓、仏壇など)
遺産分割の対象になりません。
性質上、遺産分割になじまないからです。
慣習にしたがって祭祀主宰者を決めます(民法897条1項)。
慣習が分からない場合、家庭裁判所の調停・審判によって決めます(民法897条2項)。
4 遺産の評価
遺産の範囲が決まったら、遺産の評価をします。
遺産の範囲の確認
↓
遺産の評価
⑴ 不動産の評価
不動産は、遺産分割時の時価、で評価します。
実務では、まずは、不動産業者が作成してくれる査定書(無料)を利用するのが一般的です。
各相続人がそれぞれ査定書を提出し、その中間値で合意する、という方法が、
実務では、もっとも一般的だと思います。
つぎに、査定書の中間値では合意できない場合、
調停において、鑑定(不動産鑑定)を行うことになります。
不動産業者の査定書の中間値
↓ 合意できなければ
鑑定(不動産鑑定)
鑑定は、プロである不動産鑑定士(裁判所が選任)が行いますので、
鑑定費用が数十万円かかります。
鑑定費用は、相続人全員で負担するのが原則ですが、
さしあたりは、鑑定を求める相続人が立て替えて、
後で調停条項や審判条項で精算することが多いと思います。
鑑定費用が数十万かかるということが、
鑑定はせず、査定書の中間値で合意する、
ことのインセンティブになることが多いと思います。
なお、鑑定費用がいくらかは、裁判所が決めますが、
国土交通省作成の「公共事業に係る不動産鑑定報酬基準」を参照していると思われます。
その基準でいくと、たとえば、3000万円の宅地を評価する場合、
鑑定費用は、211,000円となります。
なお、固定資産税評価額や路線価(相続税評価額)を使って、
時価を簡易に計算する方法もありますが、
実際の時価とズレることも多く、私は参考にする程度です。
簡易に計算する方法は以下のとおりです。
(土地)
固定資産税評価額 ÷ 0.7
または
路線価 ÷ 0.8
(建物)
固定資産評価額
以下、少し細かくみていきます。
① 借地権付きの土地の場合
たとえば、亡父の土地を第三者に賃貸し、
第三者の建物が建っているような場合です。
この場合、更地価格から借地権価格を引いて土地を評価します。
(ただし、地代をベースとした収益還元法の方が適切な場合もあります。)
借地権価格は、路線価 × 借地権割合 で計算します。
借地権割合は、国税庁のサイトの路線価図で調べられます。
② 使用貸借権付きの土地の場合
たとえば、亡父の土地を第三者に無償で貸し、
第三者の建物が建っているような場合です。
この場合、使用貸借減価をして土地を評価します。
使用貸借減価は、建物の堅固におうじて、おおむね以下の割合で行います。
木造、軽量鉄骨 → 10%減
鉄筋コンクリート、重量鉄骨 → 20%減
③ 賃貸借権または使用貸借権付きの建物の場合
たとえば、亡父の土地のうえにある亡父の建物を、
第三者に賃貸しているような場合です。
この場合、借家権減価などはせず、そのまま建物を評価します。
借家の場合、借家人という人がいるだけで、
借地のように建物が建っているわけではないため、減価はしません。
④ 共有物を相続で取得する場合
たとえば、1つの土地を、亡父と第三者が、共有しているような場合です。
この場合、共有物減価をして土地を評価します。
共有物減価 → 20%程度減
共有物は、使用、収益、処分の制約、
共有物分割の時間的、経済的負担があるため、減価します。
ただし、1つの土地を、亡父と相続人Aが共有し、
その相続人Aが共有物を相続で取得する場合、
共有物減価はしません。
相続人Aは完全所有権を取得することになり、
前述のような、使用、収益、処分の制約がなくなるからです。
これを併合利益といいます。
⑤ 父の土地に無償で建物を建てた相続人Aがその土地を取得する場合
たとえば、下の図のような場合です。
まず、相続人Aは父から土地を使用貸借していたということになります。
その土地を相続人Aが父から相続しました。
使用貸借権付きの土地の評価は、使用貸借減価(2割とします)をしてマイナスします。
ところが、相続人Aは父の土地を無償で使用していたので、
その分の特別受益があります(使用貸借権相当額として2割の受益)。
そこで、その分(2割)をプラスします。
結論として、更地として評価するのと同じになります。
⑥ 不動産鑑定の方法
不動産鑑定の方法は、おおむね以下の3つです。
(不動産鑑定の方法)
① 取引事例比較法(近隣地域の取引事例での坪単価から評価する)
② 収益還元法(年間賃料から評価する)
③ 原価法(再調達したらいくらになるかで評価する)
不動産業者の査定書は、
おおむね、①の取引事例比較法が使用されています。
もっとも、収益物件(賃貸アパート、テナントビル)の場合、
②の収益還元法が使用されます。
収益還元法では、たとえば、
年間賃料が500万円、(表面)利回りを10%として計算した場合、
不動産の評価は、500万円 ÷ 10% = 5000万円 となります。
③の原価法はほとんど使用されません。
不動産鑑定の方法を理解しておいた方が、有利な主張を組み立てやすいです。
⑵ 上場会社の株式
上場会社の株式は、遺産分割時の時価で評価します。
相続時の時価ではありません。
遺産分割時の時価は、遺産分割時に最も近接した日の終値で決めます。
⑶ 非上場会社の株式
非上場会社(≒閉鎖会社、同族会社)の株式は、いわゆる純資産方式で評価します。
非上場会社の株式の評価は、会社の規模によって、類似業種批准方式などの方式もありますが、
遺産分割の場面では、ほぼ純資産方式が使われていると思います。
純資産方式では、直近の貸借対照表を使って、以下のように計算します。
( 資産 − 負債 ) ÷ 株式数 = 1株あたりの株価
たとえば、資産が4000万円、負債が2000万円、株式数が100株の場合、
1株あたりの株価は20万円になります。
( 4000万円 − 2000万円 ) ÷ 100株 = 10万円
資産の部 | 負債の部 |
流動資産 現預金 1000万円 売掛金 1000万円 固定資産 建物 1000万円 土地 1000万円 | 流動負債 買掛金 500万円 短期借入金 500万円 固定負債 長期借入金 1000万円 【純資産】 資本金 1000万円 利益準備金 1000万円 |
合計 4000万円 | 合計 4000万円 |
貸借対照表上では不動産は簿価(取得時の価格)で計上されていることが多いです。
しかし、不動産は取得時から価格が変動していることがありえます。
そこで、不動産は簿価ではなく時価に引きなおして、株価を計算します。
5 遺産分割の方法
遺産分割の方法は、以下の4つです。
なお、調停・審判での検討順序は、上から順番です。
もっとも多く使われるのは、②の代償分割です。
もっとも避けたほうがいいのは、④の共有分割です。
(遺産分割の方法)
① 現物分割
② 代償分割
③ 換価分割
④ 共有分割
⑴ 現物分割
現物分割とは、遺産を物理的に分ける方法です。
たとえば、一筆の土地を分筆して分ける方法です。
遺産分割においては、原則として、まず、この現物分割ができないかを検討します。
ただし、一筆の土地の場合、現物分割ができないことがほとんどなので、
現物分割はほとんど使われていないと思います。
⑵ 代償分割
代償分割とは、ある遺産を取得する代わりに、
代償金を支払って解決する方法です。
たとえば唯一の遺産である土地は相続人Aが単独取得し、
相続人Bへは代償金(土地の半額のお金)を支払って解決する方法です。
柔軟な解決が可能になることから、代償分割はもっとも多く使われています
ただし、代償分割では、代償金を支払う側の相続人に、
代償金支払能力があることが必要になります。
代償金を受け取る側の相続人が代償金の支払いを受けられないとなると、
遺産分割が不公平になるからです。
調停・審判では、銀行の融資証明書や預金残高証明書による
代償金支払能力の証明が求められます。
⑶ 換価分割
換価分割とは、遺産を売却してお金に換え、そのお金を分配する方法です。
現物分割も(物理的に)できない、代償分割も(お金がなくて)できないときに行われます。
通常はいわゆる任意売却(市場で買い手を探して売却)によって行われます。
なお、換価分割の場合、相続人全員に譲渡所得税(約21%)がかかる点は注意です。
換価分割をするとき、売却しやすいように、
相続人うちの代表者1人の名義に相続登記をすることがあります。
この場合でも、代表者だけではなく、相続人全員に譲渡所得税(約21%)はかかります。
なお、売却代金を分配するとき、贈与税はかかりません。
⑷ 共有分割
共有分割とは、遺産を相続人の共有のままにする方法です。
共有のままになるため、最終的な解決になりません。
よって、共有分割は、現物分割がダメ、代償分割もダメ、換価分割もダメ、
となった後、やむを得ずなされる方法です。
よって、共有分割はなるべく避けるべきです。
遺産不動産が共有持分の場合、共有分割の審判がなされることが多いです。
共有分割の審判が家庭裁判所でなされた後は、
地方裁判所へ共有物分割請求訴訟を提起して、
最終的な解決を図ります。