使途不明金・預貯金の使い込み
目次
1 使途不明金とは
被相続人の生前または死後に、相続人の誰かがお金を引き出して使い込んでいる場合があります。
これを使途不明金といいます。
よく争われるテーマのひとつです。
2 調停か訴訟か
使途不明金は、遺産分割の対象になりません。
これは、遺産分割が長期化するのを防ぐためといわれています。
よって、使途不明金の問題は、
家庭裁判所での調停ではなく、
地方裁判所での訴訟によって解決する
のが原則です。
ただし、相続人全員の合意があれば、調停においても話し合うことができます。
その場合でも、話し合いがまとまらなければ、改めて訴訟を提起する必要があります。
そうすると、紛争の初期の段階で、調停での解決を目指すのか、
訴訟での解決を目指すのかの方針を決める必要があります。
あくまでめやすですが、金額が小さい、証明が難しい、相手方が調停での話し合いに応じる見込みがある、
などの場合には、調停で遺産分割とあわせての解決を目指す方針でいいと思います。
逆に、金額が大きい、証明がある程度できる、相手方が調停での話し合いに応じる見込みがない、
などの場合には、最初から訴訟での解決を目指す方針の方がよいと思います。
3 どのように証明するか
⑴ 出金状況
まずは、銀行預貯金口座の取引履歴を取り寄せます。
戸籍などの必要書類をそろえれば取り寄せることができます。
取引履歴をチェックして、使途が不明な出金をピックアップして、エクセルの表にまとめていきます。
出金の金額、出金の頻度、出金と出金の間隔、出金した支店、などをチェックしていきます。
取引履歴をチェックすれば、どの支店で出金しているかなども分かります。
たとえば、相続人の1人が住んでいる場所の近くの支店で出金があったとなれば、
その相続人が出金した可能性がある、ということになります。
取引履歴は、できるだけ長い期間(最低10年)、取り寄せたほうがいいです。
使途の不明な出金がない時期の出金状況を確認することで、
被相続人が元気な頃の1か月あたりの生活費の額が確認できたりします。
たとえば、被相続人が元気な頃は、年金受給日に、20万円を出金していた、
そうすると、被相続人の1か月あたりの生活費は10万円だった、
などと推察することができます。
これに対し、被相続人の認知症が進んで自分で金銭管理ができなくなった時期に、
1か月あたり50万円の出金がなされている、となると、
その50万円の出金は、金銭管理をしていた相続人の1人が、正当な理由なくしたものだ、
などと言いやすくなります。
⑵ 金銭管理能力
つぎに、被相続人の金銭管理能力を確認します。
具体的には、被相続人の認知機能や意思疎通能力を確認します。
これは、行政の保有する介護認定記録、介護事業所の看護記録、各病院のカルテ、
などを取り寄せて確認します。
たとえば、長谷川式スケール(認知症の進行度をはかるものさし)の点数などを確認して、
被相続人にどれぐらいの金銭管理能力があったかを確認します。
被相続人の通っていた病院がわからない場合は、後期高齢者医療広域連合からレセプト(診療報酬明細)一覧
を取り寄せて確認します。
⑶ 金銭管理者
さらに、実際に被相続人の金銭を管理していたのは誰かを確認します。
いちばん明確に確認できるのは、現時点では、介護認定記録だと考えています。
福岡市の場合だと、介護認定記録のうちの【基本調査】【第5群生活適応】に【金銭の管理】という項目があり、
「介助されていない」「一部介助」「全介助」のどれかにチェックが入っています。
また、もう少し詳しい、【認定調査票(特記事項)】【社会生活への適応】【金銭の管理】という項目があり、
たとえば、「すべて長男が管理している」などの記載があることがあります。
⑷ 各要素を組み合わせる
⑴から⑶の各要素を組み合わせて主張立証を組み立てます。
たとえば、以下のようになります。
令和5年1月に、被相続人名義の福岡銀行口座から、連続6回で50万円ずつ合計300万円、ATMからの出金があった。
(甲1・取引履歴)
出金したATMは、長男が住む福岡市東区にある支店のATMであった。
(甲2・長男の住民票)
介護認定記録をみると、令和5年1月当時、被相続人の要介護度は3であり、
「意思の伝達」の欄には、簡単なことだけできるとの記載がある。
また、認知「金銭の管理」の欄には、「長男が管理している」との記載がある。
(甲3・介護認定記録)
当時、被相続人は、福岡市博多区の自宅に居住していた。
(甲4・被相続人の除票)
被相続人の1か月の生活費は、月10万円程度であった。
(甲1・取引履歴)
なお、令和5年1月当時、博多区の自宅で大規模修繕が行われた、などの形跡はない。
これらの事情からすれば、令和5年1月にされた合計300万円の出金は、長男が正当な理由なく出金したものである可能性が高い。
そこで、長男において、300万円の出金をしたかどうかについて回答を求める。
また、出金したとして、その使途についての合理的な説明を求める。
⑸ 事実上の証明責任が交互にターンする
このように、まず、請求する側の原告において、
スタートとして、ある程度、「長男による正当な理由のない出金」の存在を証明する必要があります。
その証明ができた段階で、被告に証明責任が移り、
じゃあいったいその出金は何に使ったのという使途を合理的に説明する責任が被告に出てきます。
このように、使途不明金の訴訟では、証明責任は原告被告どちらか片方にだけ認められるものではなく、
事実上の証明責任が交互にターンする、ということを理解をしておく必要があります。
4 被告による典型的な反論のパターン
⑴ 知らない
出金について、「知らない」という反論がありえます。
この場合の再反論は、証拠関係から、「「知らない」ということがありえない」ことを主張することになります。
もっとも、原告がスタートとして、ある程度、「長男による正当な理由のない出金」の存在を証明しているにもかかわらず、
「知らない」という反論が出る場合には、不合理な説明がなされたものとして、
原告が勝つ可能性が高くなると思います。
⑵ 被相続人に渡した
出金について、「被相続人に渡した」という反論がありえます。
(なお、似たものとして「被相続人の出金を補助した」というものがありますが、ほとんど同じです)。
この場合の再反論は、被相続人はすでに金銭管理ができなくなっていたのに、被相続人渡したというのは不合理である、とか、
被相続人に渡したのであれば、被相続人の手元に現金が残っているはずだが、いっさい残っていないのは不合理である、
などを主張することになります。
渡した金額や渡した頻度などが、被告の説明が不合理なのかそうでないのかに影響します。
たとえば、1日50万円を、1か月間ほぼ毎日、被相続人に渡した、などと説明された場合、
普通は、そんな大金を渡す必要はないので、説明として不合理、ということになります。
⑶ 被相続人のために使った(「有用の資」)
出金について、「被相続人のために使った」(「有用の資」といいます。)という反論がありえます。
この反論がなされるケースは多いです。
たとえば、医療費や介護費、食費や水道光熱費などに使用した、被相続人の自宅のリフォーム代に使用した、というものです。
この場合の再反論は、それらの支出の領収書の提出を求めます。
領収書があれば、有用の資と認め、請求額から控除します。領収書がなければ、認めないということになります。
食費や水道光熱費などの日常生活費については、領収書がないほうが自然です。
そこで、被相続人の元気なころの日常生活費がいくらぐらいだったかを取引履歴によって確認し、その数字を参考にして再反論します。
⑷ 被相続人から贈与を受けた
出金について、「被相続人から贈与を受けた」という反論がありえます。
この反論がなされるケースも多いです。
この場合、被相続人の認知機能や意思疎通能力を再確認して、
被相続人が贈与という意思決定ができる状態だったかを検討します。
仮に、贈与という意思決定ができる状態であり、贈与と認められる場合、
今度は、使途不明金の問題ではなく、特別受益の問題として扱うことになります。
特別受益であれば、遺産に持ち戻して、各相続人の相続分を計算する、
ということになります。
特別受益となると、黙示の持戻し免除の意思表示があった、
という出金者による反論にも発展していきます。
⑸ 主張整理表
複雑な案件では、主張整理表を作成して、訴訟を進行します。
以下、判例タイムズNo.1414 2015.9からの引用です。
なお、判例タイムズNo.1414 2015.9 「被相続人の生前に引き出された預貯金等をめぐる訴訟について」
という論文が使途不明金に関する現時点での実務のひとつの到達点と思われます。