読書メモ5 「裁判官の学びと職務」東北大学大学院法学研究科教授井上泰人 東北ローレビューVol.12(2024.March)
元裁判官が、裁判官がどのようにして経験を積み、学びながら、決断をしているのかについて書かれた論文です。
遺産相続とは直接関係はありませんが、裁判官のものの考え方を知ることは、
相続関連訴訟や遺産分割調停・審判において、極めて重要であると考えています。
結局のところ、訴訟や調停・審判においては、裁判官が国家権力によって結論を決めるからです。
参考になった点は、以下のとおりです。
・ (実務法曹は、)目の前にある事件の解決に必要な情報を、
教科書や注釈書その他の参考資料からいかに迅速的確に拾い上げるか、
が重要。(78ページ)
・ 裁判官に限らず実務法曹は、
同じような類型の事件ばかりやっていると危ないのです。
法律家が自分の専門分野を限定しすぎると、あるいは専門性を高めすぎると、
その専門分野に自信を持つようになる代わりに、
それ以外のことに対して自然と無関心になります。
人間の心は、その方が楽だし楽しいからです。
しかしこうした生活が続くと、次第に視野が狭まり、
視野の外で起こっている時代の変化を読めなくなる結果、知らない間に、
専門分野以外の領域に起因する自分の専門分野自体の変化や法改正にすら
的確に対応できなくなるのです(87ページ)。
・ 一番よくない裁判官は、自分で決められない裁判官。
誰かを不幸にしてでも法の求める正義を実現するのが仕事。
「和解判事になるなかれ」。
・ 次によくない裁判官は、決めたことを変えられない裁判官。
「スジ読み」の結果として一定の結論を得てしまうと、
後からこれを受け付けなくなってしまう。
当事者は、「結論は両方ありえるが、控訴リスクがあるので、痛み分けにしてはどうか」
と言われると、和解を納得しやすいが、
「結論はAしかない。だからこのラインでないと和解が無理」
と言われると、和解はせず早く判決をもらって控訴するだけになってしまう(92ページ)。
・ 裁判官の味方は、証拠と法律だけ。
証拠についていえば、とにかく事件記録を熟読することが重要で、しかも、
「今判決を下すならばどういう判決書を書くのか」をイメージしながら読む(92ページ)。
しかし、どんなに事件記録を熟読しても、世の中には未提出の証拠があり得る以上、
裁判の結論は、常に他の可能性に開かれている(93ページ)
・ 法律についていえば、「事件を通じて勉強する」ということに尽きる(93ページ)。
・ 合議事件(3人の裁判官で担当する事件)での合議は、
身も蓋もない言い方をすれば訴訟関係者の中で誰を不幸にするか、
という相談ですから、責任は重大で、いつも真剣勝負です(94ページ)。
・ 合議は「腰だめ(射撃)」(即座の反応)、
合議を重ねることで「唇でものを考える」ことができるようになる(95ページ)。
合議は「乗り降り自由」、いつでも意見を変更できる(95ページ)。
・ 優秀な法律家は、「愚直」であること(97ページ)。
・ 優秀な法律家は、これまで考えたことのなかった法律問題に対し、
既存の法律知識を総動員して、それとの関連を見失わないようにしながら、
いくつかの異なった考え方を示し、
そのうち筋の通ったひとつの考え方を選択し、
その論拠を主張し説得する(97ページ)。
・ 実質論と形式論があるとして、
実質論を優先させた議論は形式論になかなか勝てない。
理想的なのは、実質を伴った形式論(98ページ)。
・ 裁判官を含む実務法曹の仕事は、
誰かを不幸にしてでも法の正義を実現させることにある。
不幸になった当事者は、「納得」はしない。
不幸になった当事者には諦めてもらうしかない。
諦めるということは、次のステップに進むために、非常に重要なこと。
諦めてもらう、引導を渡すために、説得力があるのは、
まず、条文、次に、最高裁判例、次に裁判例。
考え尽くして、自分の言葉で語る(99ページ)。
弁護士歴10年をすぎても、大変勉強になりました。ありがとうございました。